世の中には、多くの対立やジレンマが存在しています。
- 新製品を開発するか? 既存品を伸ばすのか?
- 大企業がよいか? ベンチャー企業がよいか?
- 目先の利益を追いかけるか? 長期的な視点でマネジメントするか?
などです。
しかし、これらは本当に対立しているのでしょうか?
一見対立する行動についてよく考えると、対立の原因は実は思い込みだったというケースはよくあります。そして、思い込みを排除して考えると両立が可能になります。
このような対立やジレンマを解消する思考ツールがTOCクラウドです。
TOCクラウドを使うことで、対立している2つの関係性を「見える化」でき、両立する解決策が浮かんできます。非常にパワフルで実践的なツールです。
この記事ではTOCクラウドの使い方を、具体例を交えて解説します。
タップできる目次
TOCクラウドとは対立を解消する思考法
最初に「TOCクラウドとは何か?」を解説します。
「あちらを立てれば、こちらが立たず」を解消する思考ツール
先ほど説明したように、TOCクラウドとは対立を解消するための思考法です。
ビジネス、教育、家庭など様々な場面でジレンマが生じることがあります。
たとえば、
- ビジネスであれば「海外に進出する・しない」
- 家庭であれば「食事中にテレビを見る・見ない」
などです。
これらのジレンマを解消するための思考ツールがTOCクラウドです。
対立にひそむ思い込みを見える化
TOCクラウドのベースには、「一見、対立しているジレンマは、実は思い込みによるものである」との考え方があります。
たとえば、先ほど例に挙げた「海外に進出する・しない」を例に挙げて考えてみましょう。
「海外に進出すべき」と考える理由
「海外に進出すべき」との意見の人は、以下のような考えをもっているはずです。
- 国内市場は縮小傾向。
- だから、ビジネスを伸ばすには海外に進出すべき。
「海外に進出すべきでない」と考える理由
反対に「海外に進出すべきでない」と考える人は、以下のように思っているはずです。
- 海外にビジネスを展開するのはリスクが大きい。
- だから、海外進出せず国内市場に注力すべき。
思い込みが分かると、解決策が見えてくる
「海外進出する・しない」という次元では、折り合いはつきそうにありません。
しかし「なぜ、そう思うのか?」と、一歩踏み込んで考えると、解決策が見えてきます。
たとえば、以下のようなアイディアです。
- 縮小する国内市場の中でも、シェアを拡大する方法はないか?
- リスクを抑えて海外に展開するには、どうしたらよいか?
- 場所や地域を選んで、海外に進出する方法はないか?
- 時間を区切って、海外進出のテストをする方法はないか?
このような切り口で考えることで、ジレンマで身動きが取れなくなっている状態から解放され、解決策が見えてきます。
このような思い込みを「見える化」して、解決アイディアを出すのがTOCクラウドです。
そもそもTOCとは? 物理学者が開発したツール
そもそもTOCクラウドとは何なのでしょうか?
TOCは”Theory of Constraints(制約条件の理論)”の略で、イスラエルの物理学者エリヤフ・ゴールドラット博士が開発したビジネスのツールです。
詳細は、「ザ・ゴール」に書かれていますが、TOCには企業の生産性を向上するための多くのツールが含まれています。
その中の一つで、応用範囲が広いのが「クラウド(Cloud)」です。
正確には”Evaporating cloud(蒸発する雲)“と呼びます。これから紹介するように、クラウドでは雲のようなテキストボックスを使い、対立を解消するアイディアを出していきます。
そのため、対立した「雲」が「消えてなくなる」様子を表し”Evaporating cloud”と名付けられました。
通常は略してクラウドと呼びます。
TOCクラウドの書き方の具体例|3ステップで作成
それでは、次にTOCクラウドの書き方と使い方を、具体例を用いて解説します。
TOCクラウド5つの要素
TOCクラウドは以下5つの要素から成ります。
- 対立する2つの行動(D、D’)
- 2つの要望B(B’):なぜ、D(D’)が必要だと思うのか?
- 共通目的A:本当はどうしたいのか?
以下で具体例を使って詳細に解説します。
ここでは、会社でよく議論が起こる「現状を変える・変えない」という対立を題材にします。
あなたが「現状を変えたい」と思っていて、相手が「現状を変えたくない」と考えている場面を想像しながら読んでみてください。
ステップ1|対立するジレンマをかき出す
まず、対立しているジレンマを書き出します。
「現状を変える」と「変えない」が対立していますね。これらをDとD’の欄に埋めます。
TOCクラウドでは、対立している事象を「行動」と呼びます。
DとD’の区別はありませんが、ここでは「全体最適の問題解決入門」の著者である岸良裕司さんの書き方を採用しています。つまり、Dに相手の立場を書き、D’に自分の立場を書きます。これは、相手を尊重するというスタンスです。
ステップ2|対立にひそむ動機を探る
次に、DとD’に潜む仮定、思い込みを探ります。「なぜ?」と質問する形で考えると、思いつきやすくなります。
Dの背後に潜む仮定
相手はなぜ「変えない」のがよいと思っているのでしょうか?
次のような理由があるかもしれません。
- いままで何とかやってこれている
- 変えるのはリスクが大きい
- 過去に変えようとして痛い目にあった
そうすると、「変えない」と考えている裏には、実は「安全を確保する」という要望がひそんでいるのではないか? と分かります。
TOCクラウドでは、「行動」の裏にある目的や願望のことを「要望」呼びます。
D'の背後に潜む仮定
反対に、自分はなぜ「変える」のがよいと考えているのでしょうか?
- 環境が変わっているから、自分達も変化し続けないといけない
- 変化しない方が、リスクが高い
などの仮定があるかもしれません。
この場合、変えたいと思っている真の目的は「チャレンジする」ことかもしれません。
このプロセスを踏むことで、一見対立している事柄の背景が具体化されます。
ステップ3|共通の目的を考える
多くの場合、一見対立していることでも共通の目的があります。
先ほど洗い出した「要望」に対して、「なぜ?」を考えると共通目的を見つけやすくなります。
「安全を確保したい」のはなぜ?
今回の場合、「安全を確保したい」のはなぜか? と考えてみます。
すると、
- 安全の確保は、そもそも人としての本質的な欲求だから
ということがわかります。マズローの5段階欲求の一つですね。
「チャレンジしたい」のはなぜ?
次に、「チャレンジしたい」のはなぜか? を考えます。
- チャレンジがうまくいけば、大きな成功と達成感が得られる
- チャレンジそのものが、楽しい
- 自己実現のために、チャレンジが必要
などが考えられます。
すると、共通目的は「(将来にわたり)幸せでいる」ということだと考えられます。
TOCクラウドの完成形
これまでのステップで完成したTOCクラウドが上の図です。
TOCクラウドのミソは「変える」「変えない」という行動で対立が起きている状況でも、要望や共通目的では両立可能になる点です。
ここまではTOCクラウドを使って、ジレンマを「見える化」する方法を解説してきました。次はTOCクラウドを使って、このジレンマを解消する方法について説明します。
TOCクラウドを使った対立解消方法|具体例で解説
先ほど作成した「変える」「変えない」のTOCクラウドを使って、対立を解消する方法を解説します。
4つの対立軸で考察する
先ほど書いたクラウド図を見ると、4つの軸で対立が起きていることがわかります。それぞれの対立軸に対し、解消するアイディアを出していきます。
このときのポイントは、それぞれの対立軸について考えるとき、「他の3つの対立軸については考えない」ことです。
なぜなら、一つの対立軸に集中して考えた方が、よいアイディアが出やすいからです。逆に言うと、複数の対立軸を考えると頭の中が混乱してしまいます。
PCでTOCクラウドに取り組む場合は、他の3つのボックスを削除して考えます。
もし紙にTOCクラウドを描いている場合は、他の3つのボックスを隠して考えるのがオススメです。
以下では1つ1つの対立軸を取り出して考えを深めていきます。
対立①の解消案
最初に、相手の要望である「安全を確保する」と「変える」の対立軸について考えてみます。
くり返しになりますが、このときは対立②~④については考えないことがポイントです。
思い込みを見つける質問
最初に、対立の背後にひそむ思い込みを見つける質問をしてみます。
今回の例では次の質問です。
改まって、このように聞かれると、「あれ? なんでだっけ?」と答えに詰まってしまいます。思い込みがあるからですね。
対立を解消する質問
次に、対立を解消する質問です。
これらの質問を通じて、対立を解消するアイディアを出していきます。
対立を解消するアイディア
今回のケースでは、以下の解決の方向性が考えられます。
- リスクを減らして、変える方法を考える
- 変えないと、むしろ安全を確保できないことを示す
対立②の解消案
対立②の「チャレンジする」と「変えない」についても、同様に考えてみます。
次のような解決策が出てきますね。
- 変えなくてもチャレンジできる方法を考える
- 過去のチャレンジ体験から学び、変えずに済ませる方法を考える
対立③の解消案
対立③については、「時と場合によって」、「条件によって」対立を解消できないかを探ります。
思い込みを見つける質問
思い込みを見つける質問は、次の通り。
対立を解消する質問
対立を解消する質問は以下のようになります。
対立を解消するアイディア
これらを元にして、解決策を探ります。
- 変えるべきものと、変えないものを明確にする
- 変えるべきものと、変えないものをリストアップする。
- どういう時に変えるか、どんな時に変えないかを明確にする
などの方向性が考えられます。
対立④の解消案
最後に対立④の解消を考えます。
実は、この対立④の解消法から、TOCクラウドで最もパワフルな解決策が出てくることが多いです。なぜなら、表面的な対立から一歩踏み込んだ「要望」レベルで対立を解消できるからです。そのため、より本質的な解決策が出てくることが多いのです。
思い込みを見つける質問
対立を解消する質問
解決策
- 安全を確保した上で、大きなチャレンジができる方法を考える
- 安定の確保に必要なことをリストアップし、それを満たしながらチャレンジすることを検討する。
このように考えると、「変える」「変えない」の次元ではなく、より深い欲求のレベルで両立を図ることができます。
TOCクラウドを使った対立解消アイディア
これまでの検討内容を一つの絵にまとめました。
改めて眺めると、対立を解消する様々な解決策があることがわかります。
多くの対立の背後には、思い込みが潜んでいます。
これらの思い込みを、一つ一つ丁寧に解きほぐしていくと、思いもよらぬよい解決策が見つかることがあります。
まとめ|TOCクラウドを使いこなして、ジレンマを解消しよう
日々、暮らしていると「あちらを立てれば、こちらが立たない」というジレンマに陥ることがあると思います。
そんなときは、この記事で紹介したTOCクラウドを活用してみてください。
きっと、最初は見つからなかったよいアイディアが出てくるはずです。
非常にパワフルなツールなので、仕事や家庭などで使ってみてくださいね。
TOCクラウドを使いこなすと、自然と「メタ認知力」が身につきます。
21世紀の重要スキルですので、ぜひ身につけておきたいところ。メタ認知については、以下の記事に詳しく解説したので参考にしてみてください。
⇨メタ認知をわかりやすく具体例で解説〜ビジネス、学習に必須のスキル〜
参考文献
TOCクラウドについて、さらに詳しく知りたい方のために、参考文献を載せておきます。
最初の二冊は、日本にTOCを伝え、多くの企業にコンサルティングをしている岸良裕司氏の著書です。
非常に読みやすく分かりやすいです。
以下の2冊は、TOCの生みの親であるエリヤフ・ゴールドラット博士の著書です。